「ところで、あなたが目指してたのは、これでしたっけ?」
「あなたが目指していたことと、今のことは繋がるんですか?」
私の目標を以前から知っている友人に、しかも複数の方に、こんなことを言われる羽目に……
私は目標に向かって一生懸命にやっている、つもり……
友人は私の行動量を評価してくれているし、私自身もやっている感はある。
なのに気づけば、目標に近づいてないようだ。
何でこんなことになっているの?
目標と手段の逆転、自分では分からない
目標が大事であることは、現状からの変化変容を目指しているあなたであれば、もちろん知っている鉄板原則。
ただ一生懸命に突っ走っている本人が意外と気づかない、「目標」とそれを実現する「手段」の逆転現象。
「目標」を実現するための「手段」、つまり、「手段」は目標の下に位置するはず……
ですが、いつの間にか「目標」の上に、「手段」が「目標」よりも優先順位が高くなっているから不思議?
一生懸命に頑張っている人ほどハマりやすい「目標」と「手段」の入れ替わり現象。

あれ、何で起こっちゃうんですかね?
ややこしいから、わかりにくいかも知れません。
書いてる私もこんがらがってきました。(笑)
いつの間にか……
目的からズレているにも関わらず、
その延長線上に目標が無いことが明らかになったにも関わらず、
自分では、自分だけが、走ってもその先にゴールがないことに気づいていない。
何でそうなっちゃうんですかね?
大事なのは距離でなく向かっている方向
「自分自身を評価する」、これほど難しいことはない。
評価する時に大事なことは何か?
それは、進んでいるベクトルの方向が目標へと向かっているかどうか。
陥りやすいのが、頑張り量で評価してしまうこと。
いくら頑張っても、向かう方向が狂っていれば、その先に目標はない。
行動のベクトルが180度反対方向に向いていれば、努力すればするほど目標から遠ざかるというおかしな状態になる。
一生懸命にやっている本人は、まさか日々の活動により目標から遠ざかっているなんて想像すらできない。
更に厄介なことに、努力の割に目標が見えていないと思えば、益々その努力を加速することになる。
その結果、加速すればするほど、目標から遠ざかるという悲劇が起きるのである。
大目標実現への旅は、単独で太平洋横断ヨット航海をしている様なものであろう。
遥か彼方にある大目標へ向かい航海を開始する。
初めのうちは、岸から離れることを実感し、やっている感がある。
実は、これが曲者である。
どの方向へ進んでも、岸からの距離は等しい。
例え、目標の方向へ進んでいなくても、どんどんと離れていく岸を見れば、

目標へ向かってやっとるなぁ
と勘違いの実感をしてしまうのである。
更には、応援してくれている友人知人も勘違いをしやすい。
今まで何もしていなかった私が、いきなり大目標を掲げ、行動をし始めれば、比較対象がゼロであるから、どう見ても圧巻的な行動量、物凄い変化に見えてしまう。

最近の頑張り、すごいですね
船出を称賛し、褒め称えてしまうのである。
友人知人から、行動を認められた私は、益々調子に乗り、進んだ方向の行動量を倍増する。
たとえ、そのベクトルの向きが目標とは真逆であっても、それに気づかずに爆走するのである。

ところで、あなたが目指してたのは、これでしたっけ?
違和感に気づいた友人が忠告してくれた有難いお言葉。
爆走したベクトルはどんどん長くなり、私を客観的に見てくれていた友人は、大目標との乖離に気づいたのであろう。
私自身は、日々忙しく中期目標に向けた第二領域を実行し、日に日に遠のく出発した岸を眺め、離れていくことに満足し、

今日もやっとるなぁ〜
実は、目標へは近づいてないことに、全く気づいていなかったのだ。
とは言え、私自身も思い当たる節があった。
それは、やればやるほど、しんどくなっている実感が、何となく感じる違和感があったから……
素振り欠かさぬ少年は未来の大打者か?
例えば将来はプロ野球選手を目指している少年の話。
ただひたすらに、毎日自主練で素振りを繰り返している。
チームメンバーの誰よりも、多くバットを振っている。
それなりに筋力もついて、スイングのスピードはチームで一番だ。
でも、試合では打てない……、結果が出ない。
それは何故か?
素振り自体が、素振りを毎日こなす事が、目的になっているからではないか。
ピッチャーが投げる球を想定し、
どの様なスイングで、ボールをどこまで引きつけ、
ボールのどこを叩いて、スタンドまで運ぶのか、
と言う問いを立てつつバットを振っていないからではないか。
大目標に向け、突っ走るのは良い事である。
その行動を継続していることは素晴らしい。
少年が見落としていたのは、効果確認、PDCAの「C」check(評価)である。
手段を目的化しないために大事な「C」
手段が「目的化」してしまわない様に、この行動のベクトルは、大目標に向かっているのか?
自問自答し続けることが大事である。
爆走しつつ、PDCAを常に回し、PD(計画、実行)だけに満足せず、C(チェック)を必ず実行する。
そして必要であれば勇気を持って軌道修正する。
私の場合、まだ岸からそんなに離れてなかったので、大怪我をせずにすんだ。
友人からの指摘が数ヶ月遅れていれば、大幅な軌道修正が必要になったであろう。
遠くから、俯瞰して見てくれていた友人には心から感謝したい。
変わりたい、変わろうと思う人は、ついつい行動系である「PD」へ目が行きがちである。
がしかし、それに劣らず大事なのは「C」
要は動も静も共にバランスを保つことが大事。
日に一度は落ち着いて振り返り、自らの方向性をチェックすることも習慣化したいものである。
まとめ
この記事では、目標と手段がいつの間にか逆転してしまった私の事例を紹介しました。
手段が目的化してしまっては、当然ながら大目標には到達しません。
厄介なことに、一生懸命やっている本人はその逆転現象に気づきにくいもの……
全ての行動が、大目標に向かっているか?
ベクトルの向きはあっているのか?
計画、実行の方に重きを置きがちになるが、評価、確認の方にも同等以上の重要性があることを忘れてはならない。
毎日のベクトルチェック、私は寝る前の習慣にしました。
名言からの気づき
相手が今何を求めているか、何に苦しんでいるかを想像することが思いやりです。
その思いやりが愛なのです。
by 瀬戸内寂聴
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